一旦中断期間を取ったが、途中から長雨が続いている。もし、中断せず続けていても、どこかで足止めをくらっていたと思う。お大師様は、これを見通していたのか?
中断期間中は、いろいろとやることがあった。
まずは、私の所用と行程の見直し。所用は遍路旅に出る前に準備していたので、短時間で用事は済んだ。行程は、前半を振り返り、日程と走行距離を再度見直した。当初は1500kmくらいの走行距離を想定していたが、どうも2000km超えになりそうだ。最初の距離見積りが正確さに欠けていた。後半も荷物負荷によるペースダウンや雨の影響も受けるだろう。そのあたりをふまえると、あと10〜14日くらいと想定した。どうなるかは私の頑張り次第だ。
一息ついて、久しぶりに道場に行って宗家・師範に旅の状況を報告した。そして、稽古に参加して気持ちの良い汗を流した。遍路旅とは違う爽快感だ。今の私を培ってくれたのは、この道場なのだということを改めて感じた。
次は、妻の父の法事。住職に「もうこんなに経つんやな〜」と言われて、年月の早さを思い知った。年を重ねるにつれて、日が経つのが加速しているような気がする。
その後すぐに実家に戻り、お盆を迎えた。まずは、お盆の法要でお寺へ。実は、実家が世話になっている寺の住職は高校の同級生である。先代が亡くなったあと、仕事を辞めて地元に戻り、寺を継いだのだ。高校時代は全く面識がなかったのだが、法事で話をするうちに同級生だと判明。世の中とは案外狭いものである。気が付かない所に身近な人がいるのかも知れない。久しぶりに話をして、他の同級生の近況を教えてもらった。みんな苦労しながら頑張っている。
そして、もう一つの大事な用事。それは、友人Sの家を訪れることである。
この夏、私がこうして四国一周遍路旅ができているのは、高校時代の友人Sのおかげである。飲み会の席で「自転車に乗ろう」と声をかけてくれなかったら、この遍路旅は実現していなかった。
前にも書いたが、私を含めた高校時代の友人6名は毎年夏と年末年始に集まって飲んでいる。卒業から今も変わらず続いている集まりだ。一時期は家族も加わっての大宴会だったが、また元通りの6名だけの集まりになっていた。しかし、この1年半は武漢ウイルスの影響で集まっておらず、誰とも会っていない。
一緒に走るつもりで楽しみにしていた「しまなみサイクリング2020」は、武漢ウイルスの影響で中止になった。私はSに「2022こそは一緒に走ろか」と伝えた。その時Sは、「次まで待たんでも帰省する時に自転車持って帰ったら」と言った。しかし、今年の正月も武漢ウイルスのおかげで集まるのをやめ、帰省もできなかった。
残念ながら、Sは今年2月の仕事中に倒れ、そのまま亡くなった。友人から連絡をもらったとき、とても現実とは思えなかった。私は出張の真っ只中だったため、葬儀に行くこともできなかった。
今年の夏はSの初盆であり、友人たちとSの家を訪問した。遺影を見て、もう一緒に走ることができなくなった現実を改めて思い知らされた。頭では分かっていたが、やっぱりつらい。涙もろい私は、たまらず泣いてしまった。本当に残念でならない。いろいろと良くしてもらったのに、何も返すことができないのが非常に悔やまれる。友人たちとは、「今後は無理してでも集まろう」と決めた。
今年の春、私は無事に還暦を迎えることができた。そして今、四国一周遍路旅ができている。ありがたいことである。生きていることに感謝し、悔いを残さないよう人生を完全燃焼したいと改めて思った。
Sが残してくれたのは、「時間は有限。一日一日を大切に生きろ!」と言うことなのだと思っている。そのためには、やると決めたら即実行。ためらう時間などない。これまでの私は、あれこれと言い訳を並べて行動しないことが多かった。
「言い訳人生さようなら」だ!
長雨が続き出発のタイミングが難しい。安全は最優先するが、大雨・強風でない限りは再開するつもりである。
七転八倒が始まる日は近い!
亡くなられた S さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
返信削除限られた時間を生きている。
その言葉重いですね。
ありがとうございます。
削除今回、家族の反対を押し切り意志を通したのは、このことが大きいです。「いつかそのうちに」が通用しないことを教えてもらったと思います。
(^-^)
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