2021年8月17日火曜日

ビワイチ2日目(4月7日)

5時30分 起床

もっと遅い時間に起きるつもりだったが膝の痛みで目が覚めた。これは辛い。無理かもしれない恐怖がおそう。足を引きずりながら歩く状態。輪行セットは持参しておらず、どうやって戻るか途方に暮れてしまった。自転車店で入った保険を使って戻るしかないのか

このまま帰れば、カミさんに「それ見たことか」と言われることは目に見えている。外は、昨日夜の雨が上がり快晴である。悔しい。


とりあえず、宿で食事をして出発準備する。

駐車場で金沢からオートバイで来ている人と話をした。これから京都に行くそうである。気に入った店があるそうで楽しそうだ。私は、このまま帰らなければならないのかと思うと悔しい。


8時10分 出発

このまま宿にいるわけにもいかず、とりあえず湖岸を目指して移動する。

ここで奇跡が起きた。歩くのは辛いが自転車に乗ると痛みがない。

「ラッキー! このまま行ったろか」と心の中で叫んで湖岸沿いを北上する。


840分 彦根港到着

湖岸沿いは桜が咲いている。大阪よりは開花が一週間遅れのはずと見込んでやってきたのだが、当たっていた。琵琶湖の青に桜色が映えて非常に綺麗である。きて良かった!

チェックポイントの回答をメモし、少し歩いたが、朝ほどの痛みはなくなってきた。


910 近江母の郷 道の駅到着

チェックポイントの回答をメモし、湖岸沿いの北上を続ける。


930 長浜港到着

ここでもチェックの回答をメモ。

どこも観光客はいるが平日のため少ない。これが平日の特権である。


次のチェックポイントに向けて湖岸沿いを北上する。

途中、桜の綺麗な箇所を見つけて写真タイム。地元のサイクリングクラブの連中が颯爽と走っていった。この環境が近くにあるとは羨ましい限りである。


1030 湖北水鳥ステーション到着

チェックポイントの回答をメモ。

ここは奥琵琶湖に遊びに行った時に、よく寄るところである。自転車で来たので何か不思議な気分だ。

琵琶湖と青空と桜が映えて、とても美しい。

相変わらず膝は歩くと痛いが、自転車に乗っている時は気にならない。


このまま北上し、ビワイチコースを外れて余呉湖に進む。一度ゆっくり一周してみたかったのだ。 少しアッダウンがある。余呉湖は高いところにあるようだ。


1135 余呉湖到着

菜の花が咲いている。余呉湖と菜の花と桜がマッチして最高に美しい。来て正解だった。

写真を撮りながら、ゆっくりと一周。人も少なく、ここはお勧めコースだ。

湖岸沿いの店で食事。のんびりする。


琵琶湖北部を周って奥琵琶湖へ向かう。このあたりは頻繁に遊びに来るので道はよく知っている。先ほども思ったが、自転車で来ているので不思議な気分である。


1340 永原駅着

チェックポイントの回答をメモ。

いつもこの辺りは車で来るので、この駅には来たことがなかったが、いい感じの駅である。なんというか、ほっこりする。非常に気持ちがよい。ここは良いかも。


海津大崎を通って知内浜を目指す。さすが桜の名所。七部咲きといったところであるが、来た甲斐はあった。通常なら大渋滞であるが、非常に空いている。


1440 知内浜到着

ここは、犬を連れてよく遊びに来るところである。うちの犬は、夏であれば水の中に入り、冬であれば雪の中を走りまわる。キャンプ場があり、よくキャンプしたが、最近キャンプはご無沙汰している。


写真を撮り、湖岸沿いを走り今津へ向かう。


1525 今津港到着

チェックポイントの回答をメモ。

遊覧船が停泊しており、観光客が降りてきた。私を不思議そうに見ている。


湖岸沿いを走り南下する。


1540 STAGEX到着

チェックポイントの回答をメモ。

ここは風車が目印である。いつも素通りしているが、久しぶりに立ち寄った。


1615 勝野園地着

ここも、犬を連れてよく遊びに来るところである。広い芝生があり、連れてくると喜んで走り回っている。人がおらず静かである。


1625 近江高島駅着

チェックポイントの回答をメモ。

ここから裏道を通って白髭神社へ移動。

 

1640 白髭神社着

参拝して鳥居を入れて記念写真。車の往来が激しくシャッターチャンスが難しいがなんとか撮れた。


17 近江舞子のホテル着

通常なら敬遠する金額だが、楽天ポイントを使って贅沢することにした。

ホテルの支配人がサイクリストとのことで、非常に親切にしてもらえた。まず、部屋に自転車持ち込みOK。自転車台まで準備してくれている。支配人のコメントが入ったビワイチステッカーまでくれた。至れり尽くせりである。

夕食は予約してないので近くの店を聞いたが、電車で行くところしか食事するところがないという。これは調査不足だった。救いは駅まで歩いて3分程度。洗濯開始して、その間に食事するため電車で移動。15分くらいで着くのでよしとしよう。次回は夕食も予約だ。


今日の走行距離:123km


4月7日の写真


想像以上に走っていたが、疲れはない。膝もそれほど痛くはない。

今日は満足感のみだ。天気にも恵まれた。ビワイチを続行して正解だった。

ビワイチ1日目(4月6日)

6時起床 文句を言われながら荷造り

7時 自宅を出発

8時 淀川着 

まだ朝早く誰もいない。

淀川を北上して、八幡背割堤を目指して進む。


930分  八幡背割堤着 

やっぱり桜はほとんど散っていた。残念。今年は本当に桜の開花が早い。

曇り空だったが空が明るくなってきた。数枚写真をとって出発。 


宇治川沿いを天ヶ瀬ダム目指して進む。

途中で菜の花が咲いている箇所があった。春を感じた。


10時半 宇治橋着

昨年秋に来て以来である。宇治川はいつ見て心が癒される。

休憩して緩やかな登りを走って、天ヶ瀬ダムへ進む。


11 天ヶ瀬ダム到着

 再び晴れてきた。これはついている。


11時45分 宇治川沿いの店で食事休憩

オートバイの人向けの店であるが、店から絶景が見える。

窓際に座らせてもらって、絶景を見ながら食事した。

店の人にコースを聞かれたので、ビワイチすることを告げると「頑張って!」と激励を受けた。

  

12時半 瀬田の唐橋着

ここで痛恨の立ちゴケ。この時は、痛みも大したことはなく、ただの打撲と思っていた。しかし、後で膝の靭帯を痛めたことに気がついた。これが、数ヶ月尾を引くことになるとは、この時は想像もしなかった。

やっと琵琶湖に到着し、湖岸東側から北上してビワイチ開始。


14 道の駅草津到着  

ここには、ビワイチ証明のチェックポイントがある。  

スマホでビワイチ証明のためのチェックをしようとしたが、うまくいかない。

あきらめて、チェックポイントにある問題の回答をメモして、後日郵送することにする。


湖岸沿いを北上していくが、空模様が怪しくなってきた。寄り道するのをやめて、本日の宿がある彦根を目指す。途中、打撲が気になるのでドラッグストアでロキソニンを購入。


宿は東彦根駅のすぐそばにあるはずなのだが、簡単にJRの路線を横断できないようになっている。車中心の設計である。ぐるぐると遠周りしてやっと到着。知っている人は楽勝なのだろうが、よそ者ではわからなかった。

洗濯しながら、近所のラーメン屋でたらふく食べた。


走行距離:146km


4月6日の写真


久しぶりの100km超え。よく走った。

やっとスタート地点に立った感じがする。


立ちゴケは完全な不注意だが、これは心身ともに痛い。だんだん膝の痛みが出てきた。ロキソニン効果を期待しながら寝ることにする。




琵琶湖一周について

  季節外れの長雨の影響で出発できない日が続いており、実家で前線のピークが通り過ぎるのを待っている。強烈な山岳コースが3箇所残っているため、うかつに行くわけにはいかない。

 しかし、これまで親とゆっくり過ごすことがなかったので、案外良かったのではないかと思っている。これまでは、実家に戻っても慌ただしく過ごして大阪に戻っていた。今は雨上がりを待つだけの状態なので、本当にのんびりである。時間があるので、いろいろと家の用事をしている。車がないので大きな買い物はできないが、細々した買い物は頻繁に出かけている。普段できていない親孝行ができて嬉しい。


 また、この時間を使って春の琵琶湖一周(ビワイチ)の様子を整理した。旅のメモはまめにとっておいたのだ。ブログを書くという習慣がなかった私にとって、今回の遍路旅ブログは初めての取り組みであるが、やってみて良かったと思う。日々の記録を残すことは大事だと改めて思った。前職時代の友人に感謝である。

 

 琵琶湖一周は、退職後に予定している四国一周の前哨戦のつもりで始めた。私は、自転車に乗り始めて日が浅く、泊まりがけのツーリングをしたことがない。3日間かけて、自転車で泊まりがけで出かけた時の段取り・持ち物、進め方など、さまざまな経験をすることを目的とした。結果的には、やって良かった。経験に勝るものはないと思うとともに、大きな自信がついた。

2021年8月14日土曜日

中断期間

  一旦中断期間を取ったが、途中から長雨が続いている。もし、中断せず続けていても、どこかで足止めをくらっていたと思う。お大師様は、これを見通していたのか?

 

 中断期間中は、いろいろとやることがあった。


 まずは、私の所用と行程の見直し。所用は遍路旅に出る前に準備していたので、短時間で用事は済んだ。行程は、前半を振り返り、日程と走行距離を再度見直した。当初は1500kmくらいの走行距離を想定していたが、どうも2000km超えになりそうだ。最初の距離見積りが正確さに欠けていた。後半も荷物負荷によるペースダウンや雨の影響も受けるだろう。そのあたりをふまえると、あと1014日くらいと想定した。どうなるかは私の頑張り次第だ。


 一息ついて、久しぶりに道場に行って宗家・師範に旅の状況を報告した。そして、稽古に参加して気持ちの良い汗を流した。遍路旅とは違う爽快感だ。今の私を培ってくれたのは、この道場なのだということを改めて感じた。


 次は、妻の父の法事。住職に「もうこんなに経つんやな〜」と言われて、年月の早さを思い知った。年を重ねるにつれて、日が経つのが加速しているような気がする。


 その後すぐに実家に戻り、お盆を迎えた。まずは、お盆の法要でお寺へ。実は、実家が世話になっている寺の住職は高校の同級生である。先代が亡くなったあと、仕事を辞めて地元に戻り、寺を継いだのだ。高校時代は全く面識がなかったのだが、法事で話をするうちに同級生だと判明。世の中とは案外狭いものである。気が付かない所に身近な人がいるのかも知れない。久しぶりに話をして、他の同級生の近況を教えてもらった。みんな苦労しながら頑張っている。


 そして、もう一つの大事な用事。それは、友人Sの家を訪れることである。


 この夏、私がこうして四国一周遍路旅ができているのは、高校時代の友人Sのおかげである。飲み会の席で「自転車に乗ろう」と声をかけてくれなかったら、この遍路旅は実現していなかった。


 前にも書いたが、私を含めた高校時代の友人6名は毎年夏と年末年始に集まって飲んでいる。卒業から今も変わらず続いている集まりだ。一時期は家族も加わっての大宴会だったが、また元通りの6名だけの集まりになっていた。しかし、この1年半は武漢ウイルスの影響で集まっておらず、誰とも会っていない。


 一緒に走るつもりで楽しみにしていた「しまなみサイクリング2020」は、武漢ウイルスの影響で中止になった。私はSに「2022こそは一緒に走ろか」と伝えた。その時Sは、「次まで待たんでも帰省する時に自転車持って帰ったら」と言った。しかし、今年の正月も武漢ウイルスのおかげで集まるのをやめ、帰省もできなかった。


 残念ながら、Sは今年2月の仕事中に倒れ、そのまま亡くなった。友人から連絡をもらったとき、とても現実とは思えなかった。私は出張の真っ只中だったため、葬儀に行くこともできなかった。


 今年の夏はSの初盆であり、友人たちとSの家を訪問した。遺影を見て、もう一緒に走ることができなくなった現実を改めて思い知らされた。頭では分かっていたが、やっぱりつらい。涙もろい私は、たまらず泣いてしまった。本当に残念でならない。いろいろと良くしてもらったのに、何も返すことができないのが非常に悔やまれる。友人たちとは、「今後は無理してでも集まろう」と決めた。


 今年の春、私は無事に還暦を迎えることができた。そして今、四国一周遍路旅ができている。ありがたいことである。生きていることに感謝し、悔いを残さないよう人生を完全燃焼したいと改めて思った。


 Sが残してくれたのは、「時間は有限。一日一日を大切に生きろ!」と言うことなのだと思っている。そのためには、やると決めたら即実行。ためらう時間などない。これまでの私は、あれこれと言い訳を並べて行動しないことが多かった。

「言い訳人生さようなら」だ!


 長雨が続き出発のタイミングが難しい。安全は最優先するが、大雨・強風でない限りは再開するつもりである。

 七転八倒が始まる日は近い!



2021年8月4日水曜日

前半の振り返り

 一旦大阪に戻り、一息ついている。
遍路旅の前半を振り返ってみた。

日程:移動日:1日、お遍路:13日
札所:1番〜53番
走行距離:1274km

想定との差異
 ・行程が1日遅れた。
 ・走行距離は想定より300km多かった。
 ・荷物の重さが想定以上の負荷となり、坂道や午後後半にはペースダウンした。
 ・ドリンク代が想定上にかかった。

気付き
 ・歩くことは人間の原点、無心になれることの心地よさを知った。
 ・人間の力を超えている世界を感じた。
 ・人のありがたみを感じた。
 ・外国人サイクリストの笑顔から自分の原点を確認した。
 ・楽しいと感じる方を選ぶと辛くても充実感がある。
 ・お大師さまのメッセージ → 穏やかな心になりなさい。
 ・自然は心を癒す。
 ・人を尊敬し、これを態度であらわすことができる人間でありたい。
 ・美味しくご飯が食べられる幸せを感じた。
 ・自分はどうあるべきかを再認識できた。
 ・すべてを受け入れることで幸せな人生を送れる。
 ・遍路旅をすることで、気付きを得ることの楽しさと充実感が持てる。
 ・今の自分があることへの感謝 → 親、親戚、知人、社会
 ・良い面を見ることで、さまざま気づきが得られる。

ゆとりがなかった感はある。また、事前調査が不足し、行けば良かった所を逃した。しかし、さまざまな気づきがあり、大変身のあるものであった。
また、一時は体重が5キロ減ったが、最終的には2キロ増えていた。
これにはびっくり。
当初は、1500kmくらいの走行距離を想定していたが、1900kmくらいになりそうである。前半の経験を生かして、後半はもっとゆとりのある旅にしていきたい。 


 

2021年8月2日月曜日

13日目(8月2日)

 5時起床 本日はお寺のすぐ前の宿に泊まったのでゆっくりと支度。

宿の朝食をがっつり食べて移動。


75分 46番札所浄瑠璃寺到着

この近辺は田んぼと畑と住宅地、その真ん中にお寺がある。

松山市の一番南部の地域で、非常に静かでのんびりしたところである。朝からゆったりとした気分になれる。

今日はこれから街中の寺に行くため、こんな雰囲気とは違ったものになるのかもしれない。


750分  47番札所八坂寺に到着

距離が近いので3分で着いた。

こちらは、先程のお寺とはすぐ近くにありながら、かなり大きな規模のお寺である。本堂も新しくなっている。

昨日と違って、もうかなり気温が上がって来た。ゆっくりとお参りし、日陰を求めて移動。この時間で、すでに日陰がありがたくなってきた。近所の老人がお参りに来ていたが、すぐ帰ってしまった。この暑さのせいなのか。

早速ドリンク1本ゲットしてしまった。


855分 48番札所西林寺到着

ここも距離が近い。今日は平地で距離が近い。しかし暑い。昨日とは正反対。

街中にある寺だが非常に静かである。境内はゆとりがあって落ち着く雰囲気がある。


松山市内なので交通量が非常に多い。車に気をつけながら走らなければならならない。昔から運転が荒い土地柄なので要注意だ。


950分 49番札所浄土寺に到着

ここも距離が近い。今日は小刻みな移動をしながらお参りを重ねていくパターンだ。

ここは住宅地の中にあるが、ちょうど山の極のところに立っている。大きな道から少しだけ入っただけだが車の音がほとんど気にならず静かである。裏山の竹藪と本堂が非常にマッチしている。私は非常に好きになった。

植木職人の人が境内の植木の剪定をしている。皆さん年配だが、この猛暑の中を生き生きと働いている。


1050分 50番札所繁多寺到着

ここも近い。住宅街の一番端に小高い山がありその山に沿って建立している。この界隈の家は全て新しい家ばかりなので、昔は畑と田んぼのようだったと思える。

境内は広くのんびりしている。高台にあるので街が見渡せる。非常に気持ちの良い風が吹いている。


1150分 51番札所石手寺到着

今日初めて水をかぶったが、ぬるま湯になっていた。

懐かしい。20年以上になるだろうか。妻の両親がこちらに来たときに一緒に来た時以来である。

武漢ウィルスの影響で参道の店はほとんどが閉まっており数件しか空いていない。混雑を覚悟していたが空いて、ある意味よかったかもしれない。

ゆっくりと時間をかけてお参りした。衛門三郎の強欲の話を思い出した。人間とは痛い目に合わないと学習しないのだ。

帰り際に前の寺で会った歩き遍路の男性と再会。埼玉から来たそうで歩き始めて30日だそうである。24年前にいちど結願し今回は2度目のお遍路で、今回も野宿していると言う。歩き遍路の人とは何人か会ったが、若い人が多い。皆さん何かを求めてこの旅をしているんだろうと思う。

参道の店でいつも食べる焼きもちを買った。外で食べようとしていると店の中に案内され涼しいところに座らせてもらえた。店に入ったのでついでにうどんも食べてしまった。がっつり食べたい気はあるが、実は松山は結構うどんがうまい。どこかのうどん屋に入るつもりだったので、ちょうどよかった。


石手寺を出て道後の親戚に挨拶に行った。大変喜んでくれて、スイカとメロンを出されてガバガバ食ってしまった。「あんたはこれまで頑張って働いたんやから、好きなことをすればいい」と言ってくれた。ありがたいことである。

数年前に亡くなった叔父のお参りをして、52番札所めがけて出発した。


途中、道後温泉本館前に立ち寄り補修状況を見てみた。少額ながら寄付したので見たくなったのだ。営業しているので、だいぶ終わってるようだった。しかし、観光客は少なかった。武漢ウイルスの影響はやっぱり大きい。

松山城を横目に見ながら52番札所へ移動。ここは高校時代自転車で通った通学路。迷う心配は何もないのでガンガン飛ばした。

途中に松山英樹の看板があるゴルフ練習場がある。最初は、熱心なファンがいるなぁと思っていたが、実は松山英樹の父親が買い取ったとのこと。ここは小さい頃から練習していた思い出の場所らしい。世界を制する人間は、その頃から地道にやっていたんだ。


1430分 52番札所太山寺到着。

ここは実家から近く、小さい頃自転車に乗ってよく来た場所だ。その頃は札所だと言う事は全く知らず、好き放題遊んでいた。ゆっくり歩きたいので山門で自転車を降り押して歩いた。本堂までの急な坂があったことだけは覚えているが、やっぱりそうだった。自転車で登るにはきついゲキサカだ。高校受験のお参りに来た時以来なので45年ぶりである。まさかお遍路として訪れることになるとは思わなかった。全てが懐かしい。


1555分 53番札所円明寺に到着

老婦人が1人だけで、静かでのんびりしている。境内がこじんまりしており、私の好きな部類の寺である。なぜか境内にキリシタン灯籠がある。これは知らなかった。近くに住んでいながら何も知らない。興味を持って見なければ何も見てないと言うことだ。


1645分 実家に到着

1年半ぶりの帰省。母が焼き肉を用意してくれた。ガッツリコースだ。ありがたい!

バカほど食ってしまった。


今日の走行距離は38キロ。のんびりした一日だった。


今日の写真


松山を自転車で走るのは高校時代以来である。新たな発見がたくさんあった。そして、身近なところに良いものがたくさんあるということがよくわかった。身近な場所は知っているようで、案外知らないことが多い。恥ずかしながら、道後温泉に初めて入ったのは30歳の時だった。こんなことが山ほどあるのだろう。今住んでいる大阪も、いいものがたくさんあるはずだ。悪いことばかりに着目するのではなく、良いことを見ていくように生きていけば、人間は幸せなんだなぁと改めて思った。


自転車遍路旅は今日で一旦中断し、お盆明けに再開する予定である。所用のため大阪に戻らないといけないからだ。本来は一気に回りたいところであるが………

お盆は人の動きが多いので中断するのも良いかもしれない。しっかり休養し、次に備えようと思っている。

2021年8月1日日曜日

12日目(8月1日)

5時起床 宿の朝食を食べ出発

タイヤの空気補充に時間がかかり出発は655分となってしまった。


出発してからしばらくして師範からメッセージ。空海が夜を明かした橋の下に行ったかどうかの確認だった。私はこれついては全く認識がなく、昨日すぐ近くを通りながら素通りしていた。一生の不覚だ。なぜ事前にもっと調べてこなかったのか後悔した。引き返すには一山越えて10キロ戻らないといけない。後ろ髪を引かれながら44番札所を目指して走っていく。もしかして、これはもう一度やれと言うお大師様のメッセージなのか?

先日お寺の前の店で食事をしたときに、店の女将さんが、「いちど結願すると、またやりたくなりそうですよ。」と言っていた。もしかするとその予兆なのか。まだ結願してない人間が、こんなことを思うこと自体がおこがましいような気がするが………


昔「地獄の黙示録」と言う映画があった。当時学生だった私は、見てもさっぱり訳がわからなかった。友人も同じことを言っており、「映画評論家の言う事はあてにならんなぁ」と言っていたことを覚えている。しかし、20年後に同じ映画を見たときに全く感じ方が変わった。監督のフランシス・コッポラは天才だと思った。そして数年前に見たときは、また印象が変わった。それまで理解ができなかった、主人公がとった行動について理解できた。

20年後となると生きているかどうかが疑わしいが、数年後であれば、まだ頑張れるだろう。時期や立場が変わると感じ方や考え方も変わるので、同じことをしても違う世界が見えてくるかもしれない。それはそれで、やる価値があり楽しみだ。


道がだんだん山深くなっていくが、しっかりブルーラインが引かれている。ここもサイクリングコースなのか。海側の平坦な地形とは違いアップダウンが多いはずである。上級者コースの気がする。


今日はきつい行程を予想しているので、早め早めに休憩を取ることにした。野菜の無人販売所に自販機があり早速休憩。このあたりの地名は大瀬となっている。たしか大江健三郎の出身地のはずだ。

標高が高いところにいるのでかなり涼しい。気温は23度である。


820分 道の駅小田の郷せせらぎに到着

トイレ休憩だけのつもりだったが、また飲んでしまった。今日もハイペースでドリンク消費が進んでいく。


道の駅を過ぎてから道が狭くなってきた。そしてこれまで緩やかだった坂道が少しずつ傾斜がきつくなってきた。ついにきたか。地道に上っていくしかない。しかし地元の車は容赦なくぶんぶん飛ばしてくる。毎回脇によけて避難する。昔から運転マナーが良くない土地柄なのだが今も変わらない。

真弓峠を越えてやっと下り道。久万高原町に入った。


955分  自販機を見つけて休憩。アロエ&白ぶどうがある。天の助けだ。たまらず2本も飲んでしまった。

道を間違えながら何とか進む。


1050分 44番札所大宝寺到着

参道を歩きたかったので参道前の大きな杉の下に自転車をとめてそこから歩いた。参道に入った時点で空気が違う。

噂通りだ。心が落ち着くところ、と言う感じである。日曜と言うこともあり参拝者がそれなりに多い。人が少なければもっとゆっくりしたのに残念。


1240分 45番札所岩屋寺到着、と思ったら駐車場だった。徒歩20分かけて登る必要がある。

13時にほんとに到着。


噂には聞いていたが、雰囲気が全然違う。まさしく霊場である。そびえ立つ岩のそばに建立している本堂は威厳がある。

時間が許せば何時間でもいられるところだ。自撮り棒を使って写真を撮りまくっている目障りな観光客が去るのを待って、ゆっくりと散策。


松山に向けて来た道を引き返す。アップダウンが辛い。食べるところが全くなく、結局久万高原町の中心部まで戻り、道の駅天空の里さんさんでやっと食べる。

冷やしよもぎうどんを頼んだら、これが結構うまい。量が少ないので、もう一杯食べようと思ったら、ソフトクリームが目に入って、そっちを食べてしまった。

地元松山までもう少しの距離である。しかし、実家は松山市の北部にあり、ここから約45キロある。行けない距離ではないが、多分夜間走行になってしまう。危険な事をするのはやめて、今日は宿を取ることにした。かろうじて今夜の宿は確保できた。松山市内であるが南の端である。ここなら明るいうちに到着できそうである。


16時半  ついに地元松山に突入。

標高720メートルの三坂峠から一気に降りるのは非常に爽快だ。

17時半 道を間違えながらも宿に到着。

宿は子供たちの野球チームが合宿しており非常に賑やかだ。私は端の方で、おとなしく、がっつり食べた。


今日の走行距離は97キロだった。もっと短いと思っていたのに意外と走った。


今日の写真



今日は前半最大の山場を乗り越えることができた。とりとめのないことを考えていたら着いていた。思ったより斜度がきつくはなく、想定した時間よりも早く到着できた。また久万高原が中心の行程だったので、これまでに比べると非常に涼しく快適に走ることができたことも良かったのかもしれない。自転車遍路をすることが生活の一部になってきた。今思えば12番札所が、1番きつかったと思う。

お遍路を何度も繰り返している人は、その都度新しい発見をしているのかもしれないと思った。そして、そのことに充実感や楽しみを感じているんだろう。

明日は松山市内の札所のお参りをして実家に行く予定である。武漢ウィルスのおかげで1年半以上帰省してないので久しぶりである。少しだけのんびりしたい。